ラベル かまどdeごはん の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル かまどdeごはん の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年12月20日火曜日

循環する食のために


昨日は大阪子どもの貧困アクション(CPAO)に届ける野菜を発送しました。クリスマス前にりんごをワンケース届けてもらう手配もしています。かまどdeごはんをはじめ、寄付をいただいている方々にとても感謝しています。

多くのこどもたちはもうすぐ冬休みには入り、クリスマス、お正月と楽しいことが続きます。でもすこし違う方向へ目を向けると、学校が休みになり給食がなくなると、一日食事を口にできないという子たちがいます。代表の徳丸さんのお話をはじめて聞いたときはその事実を受けとめるまでにそれなりの時間が必要でした。

主に地域原共生を主体としたこども食堂が増えたことで、食を通した地域の輪が広がりを見せていると感じます。ただ本当に困難を抱える子供達や大人たちは影に隠れてしまったり、声をあげにくいという現実があります。CPAOは本当に緊急を要する子供達や大人たちを探すことからはじめている数少ない団体のひとつであり、もっとも困難なことに立ち向かっています。

オーガニックの八百屋として活動する中で、志をもった農家さんたちが農業を続けられない理由のひとつに値段があり、本当に食べてもらいたい人たちのもとに野菜を届けられない原因のひとつにも値段がある、という矛盾をいつも抱えています。
この矛盾の延長線上にいまの社会の閉塞感があり、結果として今日食べるものすらないという子供達を生み出しているように思います。

農家さんたちが大切に育ててくれた野菜がCPAOに届き、温かい料理になって、本当に食べるものを必要としている子供達のもとに届いたとき、食に関わる者としての原点や、大切にしたいこと、大切にしなければいけないことに触れられるような気がしています。

オーガニッククロッシングではみなさんからいただいた寄付で農家さんから野菜を購入し「CPAO」をはじめ、尼崎の「まあるい食卓」や篠山の「笑顔つながるささやまステイ」など「子どもの食」に関わる団体へ定期的に野菜を届けています。

また先ほどあげたような矛盾の解消に向かうために、源流から河口まで川でつながる地域をひとつの共生コミュニティとして捉え、農家さんやお店の方と協力してタネから食べるを含めた食の循環を紡ぎ直す活動も進めていきます。寄付にご協力いただいたける方や、活動にご興味のある方がおられましたらご連絡ください。

オーガニッククロッシング
出口晴久

2015年10月31日土曜日

第5回「かまどdeごはん」リポート


けせら畑からわろうだに移動して、早速ごはんの準備。いつもごはんを炊いている子どもたちが手際よく火を起こしてくれました!

と思ったら、羽釜にまだ水が入ってないやん!危うく空焚きになるところでした…。それにしても火が起こるまでの時間がとても短くなってます。




子どもが火を起こしている間に、かまどでごはんを炊く人、薪を割る人と野菜を切る人に分かれます。



セイロの中にはオガクロがみなさんにお届けしている野菜をはじめ、さっき収穫してくれたばかりのけせら畑の野菜がてんこ盛り。毎回これだけの野菜がほぼなくなるからすごい。



けせらの間引きにんじんが加わると一気に華やかになりました!
このセイロの中も季節や参加してくれた方々の性格によって毎回見た目が違うので楽しい(笑)





セイロの準備をしている間にごはんがシュンシュン言いだしました。かまどでごはんを炊くときは火を抜くタイミングがとても重要。すこし置いて蓋を開けると…



今日もうまく炊き上がりました!お米は入荷したばかりのありがとんぼ農園産、新米の自然栽培ササニシキです!




 

美味しいお米と美味しい野菜を並べたら、食べられることに感謝しながらみんなで一緒にいただきます。今日も本当に美味しかったー!

味付けは塩だけ、味噌だけ、なのに美味しいのはやっぱり野菜が美味しいから。オガクロに野菜を卸してくれている農家のみなさんに本当に感謝です!
子どもたちも美味しいとたくさん食べてくれて、それも嬉しい。

そしてここから、畑の開放日で感じたことや、子どもの貧困や食べるということを見つめる時間へと続いていきます。

この後のリポートはまた書き終わり次第アップします。

つづく














けせら畑の開放日&かまどdeごはん

今日はけせら畑の開放日からのかまどdeごはんでした。とても充実した内容の濃い1日になりました。


今日は開放日日和!まだすこし朝の空気が残る時間に集合しました。
 


まずは松岡くんから畑を取り囲む地形や川の流れ、畑の中の水の動きを説明してもらいます。松岡くんの目指す大地の再生の第一歩は広い視野で土地を捉え直しイメージすることから始まります。

このことで目の前のことしか見えていなかった状態から一気に視野が広がって、地図を俯瞰しながらいま立っている畑を眺めるような感覚になりました。この部分は今回の開放日の中でも僕にとって非常に重要なポイントでした。



それから畑のディテールを観察しながら歩きます。小さな畑の中でも小さな変化の連続で成り立っているので、場所によって環境がまったく違っていることがわかります。




そのなかでも特に重大なのがこの道路。

北から南にはしる谷に沿って水が流れている動きのなかで東西に走る道路とコンクリートの壁や側溝が水脈を寸断してしまっています。



上の写真は道路のすぐ北側の畑。

写真ではわかりにくいですが、道路の上流側に穴を掘っています。その深さ1m以上。その穴に水が湧いてきます。ポンプで排水しても毎日満水になるぐらい水が溜まります。まるで井戸。 

地下水位が高いということは、水の好きな植物は別として、空気を好む植物の根や好気性の菌が息ができずに死んでしまうことにもつながります。

道路が水の流れを遮ってしまうことで畑の植物の成長にすごく影響がでるということですね。



すでに作られてしまっている道路自体はどうにもならないですが、目の前の問題だけに囚われて対処するのではなく、大きな視野と流れの中で問題を意識し、より良い状態になるように手を施していくというのが松岡くんのやり方。

この考え方は畑だけではなく様々なことに当てはまると思います。そのことは貧困や子どもの食、食べることを見つける「かまどdeごはん」の中でも話し合われたので、またリポートします。



水が溜まってしまい窒息気味の畑が息が出来るように、ポイントポイントに小さな天穴を掘っていきます。

こうすることで高いところから低いところへ水が流れ、同時に空気が取り込まれていくという仕組みです。



一通り説明を受けた後、参加者はそれぞれペアになって、思い思いの場所に穴を掘ります。その場所の土の状態や草の状態を触ったり、また匂いなども含め五感をフル活用して捉えながら進めていきます。



場所によって乾燥しているところ、水が溜まって重粘土のようになっている場所など様々。とくに酷い粘土の場所はヘドロのような匂いがしました。そのような状態をグレー層というそうです。そういう場所にも空気を通すための穴を掘っていきます。



穴を掘るとそこに空気と水の流れが生まれるわけですが、このままでは雨が降れば土が集まってきてすぐに穴は塞がってしまいます。

ここで自然の摂理を活用します。
自然は水の流れで小枝や草などを運んできて穴に落とします。それらが複雑に絡み合うことで櫓のようなものを作り穴を保護することで空気の流れを保ちます。その作用をこの場所に再現するのです。







上の三枚の写真は穴を保護しているところ。畝の間を水が流れ、自然に組み上げられていくことをイメージしながら枝や草を差し込んでいきます。まるで落とし穴を作っているみたいで楽しかった!ここで今日の畑の開放日は終了ー。

レポートは出口の視点から書きましたが、みなさんそれぞれの関わり方、楽しみ方で充実した時間を過ごしてくれたようです。

子どもたちはもっぱら虫とりと粘土遊びに夢中でしたが(笑)




さて、このあとは猪名川町のわろうだに移動して「かまどdeごはん」です。

かまどdeごはんにつづく











2015年8月14日金曜日

「第3回かまどdeごはん」と「流域をめぐるエトセトラ・源流の森を歩く」

8月8日に第3回かまどdeごはんと「流域をめぐるエトセトラ・源流の森を歩く」を開催いたしました。

食べることを見つめたときに、ふと思いました。
僕たちは自分たちの身近な場所のものをどれだけ食べているんだろう。

自分たちの住む地域を俯瞰して、鳥の目をもって見渡してみれば、北摂地域というのはとても豊かな自然環境や豊富な田畑に恵まれています。そして下流地域の尼崎や伊丹、中流域の川西などは多くの人たちが暮らしています。

でも、身近にこれほど豊かな自然や環境があるにもかかわらず、自分たちは身近なものをそれほど食べていません。そこに住む人たちが少し意識して、身近なものを食べるだけで、町と村、都会と地方が抱えている多くの問題が解決できるように思います。 

そのためのアクションとしてこの取り組みをはじめています。


まずは大野山の山頂までのぼり、そこから自分たちの暮らす街を望みます。澄んでいるときには大阪北区のビル郡や遠くは淡路島まで見渡せる眺望の素晴らしい場所です。

ここを源流とする「猪名川」は、途中神崎川と合流して尼崎市の湾に流れ込む、全長43kmの一級河川です。尼崎市などにいると都会なのでその川の源流というのは意識しづらいのですが、43kmといえばフルマラソンとほぼ同じ、車で走れば1時間30分程度の距離ですから以外に近いのです。

人の距離感というのは不思議なもので、遠い近いという感覚は実際の距離と気持ちの距離の二つによって決められているような気がしています。この気持ちの距離を縮めてもらうことが、今回の取り組みの目的のひとつ。


この日は天気はよかったのですが、遠くは白く霞んでいてはっきりとは見えませんでした。それでも流域をめぐるエトセトラが目指している「この場所が水の始まりであり、ここから流れはじめた水が集まり川となって自分たちの暮らしの側を流れているというイメーを持つ」ということは伝わったようです。

最初から大きな行動を起こす、問題を解決に導くというたいそうなことではなく、ここが自分たちにつながっている場所だというイメージを持って暮らすことが第一歩だと考えています。

ある程度イメージを持ってもらったところで山頂から源流の森へと入っていきます。


今回歩いたのは「岩めぐり」のルート。森林ボランティアの方がとても綺麗に整備してくださっているので、小さなお子さんでも歩きやすいルートです。(この日はとても暑かったのでみなさんヘトヘトでしたが・・・)みんなもっている白い袋はゴミ袋。途中に落ちているゴミを拾い集めながら歩きます。

この森が自分たちの暮らしの側を流れる川の源流という意識のなかで、もっと身近に訪れられる「自分たちの森」と感じてもらえたらと思います。


森に入ると一気に涼しくなって歩くのもとても快適。猪名川町の森は広葉樹が多いので森の風景も多様で季節によって表情を変えてとても綺麗です。いまは夏の青々とした葉に囲まれていますが、春の新緑の季節や、秋の紅葉などのときにはまた違った良さを感じることができます。

このコースは平坦な場所から起伏のある場所までバラエティに富んでいて、大人の背丈を越えるような巨石がところどころに点在するなど、飽きることなく歩くことができます。途中にはオガクロに野菜を届けてくれている「山田屋」の山田くんが畑をしている村が一望できる場所などもあります。


これは夫婦岩という二つの巨石が向かい合っている場所。二つの.石の細い隙間は子どもなら通りぬけることができます。大きな石というのは不思議な魅力がありますね。子どもたちも大興奮で遊んでいました。


最後にみんな大きな石の前に集まってとった写真。今回は大人、子ども合わせて総勢30名の参加となりました。これだけの人たちが参加してくれたことにとても勇気付けられました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

オガクロの拠点である「わろうだ」は、町と村のちょうど間、すこしだけ村よりに位置しています。
この場所に暮らすことで町と村が抱える両方の問題を比較しながら捉えることができるようになりました。

アスファルトやコンクリートに囲まれた生活の中で、町の人の心は乾き、固くなっているように思います。人がコンクリートや人工物に囲まれた場所で暮らし始めてまだ数十年です。いまでは高層マンションなどが林立していますが、木よりも高い位置で暮らすということは、生物的にはじめての体験であり、経験です。

そのストレスが精神的な不安定さを引き起こし、いじめ、育児放棄などの問題を引き起こしているような気がするのです。ただ、いまの社会環境のなかで町を離れ自然の中で生活するという憧れをもったとしても、それを実現することは容易ではありません。

であれば、身近な自然環境を意識して捉えなおし、活用することで、都会に暮らしながらも心をほぐしていくということはできると思います。ただそれが「週末のレジャー」というような一方的な考え方であるとうまくいかないと思うのです。お互いの想いがうまく循環する状態でないといけない。

外部から入ってきた僕たちにとってはとても魅力的な里山の風景ですが、地元の方々からすると「すでに活用されることが無くなり荒れていく一方の森」という捉え方になります。

今回歩いたコースは森林ボランティアの方々によって整備されていますが、それ以外の場所は経済性という視点からも、生産性という視点からも価値を見出されることなく、そうなると管理する人もなくなり荒れているのです。

都会の人が郷愁を感じる茅葺の家や棚田なども、地元の方からすると管理に手間がかかり、生産性の低いもの、ということになります。都会の人が風景として価値を感じて「残してほしい」と願っても、村の人たちからすれば毎日の暮らしの場ですから、残してほしいと願うのみであればそれはある意味「村の人たちに不便な暮らしを強要する」または「プレッシャーをかけているだけ」ということにもなりかねません。

オガクロがやろうとしているのは、両者のギャップをほぐしながら、日々の暮らしをクロスオーヴァーさせながら支えあう暮らし、循環する地域を実現していくことです。

その試みというのはいままでもいろいろ試されてきてうまくいった事例というのはあまり聞いたことがないのですが、水の流れに沿う、流域という意識を持つ、ということでイメージや意識と具体的な行動がつながっていくのではないかと考えています。

2015年7月17日金曜日

第3回かまどdeごはん、けせら畑の開放日。そして源流の森を歩く。

第3回かまどdeごはんの日程が決まりました!8月8日土曜日に開催します^o^





かまどdeごはんは今回もけせら畑の開放日と一緒に開催します。そしてもう一つ、流域をめぐるエトセトラの一環として「猪名川源流の森を歩く」を開催します。

全部参加するとお昼前から夜まで盛りだくさんな内容ですが「食べること」をめぐる一環した流れを意識してみたいと思います。

空きがあればそれぞれ独立して参加も可能です。お問い合わせください。

◼︎流域をめぐるエトセトラ
「猪名川源流の森を歩く」






猪名川町から川西市、池田市、伊丹市、豊中市、尼崎市を流れる一級河川「猪名川」の源流を訪ね、その森を歩きます。

川の流れに沿って意識をつなぐことで、森、里、街、人がお互いを尊重しあいながら暮らしを営むことができる地域がうまれたらとずっと考えています。

源流の森は保護者と一緒なら5歳ぐらいの小さな子どもでも楽しく歩けるコースです。360度のパノラマから山々が波のように連なる山頂から、明るい森の中を歩き、途中には不思議な巨石群などもある楽しいコースです。



この森から生まれた水を自分たちは日々の暮らしに使っているんだなぁと意識するだけでも日々の暮らしに変化があるかもしれませんね。



当日はゴミが落ちていたら拾い集めながら歩きたいと思います。袋をひとつ持ってきてください。

◯源流の森を歩く
時間:11:00にわろうだに集合14:00ごろまで。
お昼:お弁当持参してください。山頂で食べたいと思います。
参加費:無料
※保険などには入っていませんので、自己管理をお願いします。

◼︎けせら畑の開放日



源流の森を歩いたあとは、けせら畑に移動してけせら畑の開放日に参加します。

けせら畑の松岡くんは大地の再生をテーマに畑に向き合っています。土の中の水や空気の流れを考え、人が起こした行動が大地にどのような影響を与えるのかというようなことを聞くことができます。
源流の森で得たこととの共通点などもありそうなので楽しみにしています。

◯けせら畑の開放日
時間:15:00-16:30を予定
持物:長靴、長袖、帽子、虫除け、飲料水等畑作業に必要なもの
参加費:一家族500円

◼︎かまどdeごはん 食べるを見つめる日




1日の最後はかまどdeごはん。
かまどを使って薪でごはんを炊いて、けせら畑で収穫したやさいや、オガクロがお付き合いのある農家さんたちの野菜をみんなで調理して一緒に食べます。

食べながら今日体験してきた森や畑のこと、自分たちの暮らす町のこと、食べることなどについてみんなで話し合えたらと思います。

1日とても長いですが、森や里のこと、村や畑のこと、町の暮らしのことをひとつの流れとして感じることで、どんな意識を持つこたができるのか体験してみたいと考えています。

かまどdeごはんはありがたいことに毎回多数の参加希望をいただいています。ただ、参加者同士がしっかりと対話できることを重視したいので定員は8家族程度とさせていただきます。

参加ご希望の方はオーガニッククロッシング出口までお問い合わせください。

2015年7月11日土曜日

第2回かまどdeごはん けせら畑の開放日

第2回かまどdeごはん&けせら畑の開放日

先月に続き、第2回目の「かまどdeごはん」「けせら畑の開放日」を開催しました。
今回は前回とはまったく違った新しい参加者のみなさんと開催しました。
 
 
「かまどdeごはん」はみんなでごはんを食べながら「食べる」ということを見つめなおしてみよう、という主旨で開催しています。

いつも文章が長い!と注意されるのですが、今日得られたことを踏まえて改めてかまどdeごはんの主旨を書いて書いておきたいと思います。

八百屋で働きはじめた10年前から、農と暮らしをつなぐためにはどうすればいいか、ということをずっと考えてきました。農家さんと食べる人の間に立って、いったいなにができるんだろう、と自問自答してきました。その明確な答えがでることなく起こった東日本大震災。
 

いままでの価値観や常識が全てくつがえされていったい何をしたら良いのかわからない日々が続きました。そのなかで動いた東北への食糧支援のなかで被災して避難所で暮らしていたおばあちゃんが僕に語ってくれたことがひとつの答えを教えてくれましたように思います。

「毎日配給されるパンや冷えたお弁当ではお腹は満たされても力がわかない。でもあんたたちは遠くからこんなところまで食事を作りに来てくれている。その気持ちと温かい食事をいただいたら明日もがんばろうっていう気持が湧いてくるよ、ありがとう。」
 
この言葉に込められた意味を何度も思い返しています。
 

もうひとつの答えはオーストラリアのアボリジナルの人たちの村を旅していたときにもらいました。町から数百キロも離れたコミュニティに訪れたときのことです。その村は町からとても離れているため食料に乏しく、村の人が日々食べていくだけの食料しかありませんでした。

でも僕たちが村を訪れたとき、村の人たちはとても歓迎してくれて、貴重なごはんとコンビーフを出してくれました。冷えたごはんにコンビーフ。普通に考えたら粗末でとても美味しいとうに思えない食事ですが、そのごはんの美味しかったことといったら!!村の人たちの気持ちが嬉しすぎて、涙がでそうになりながらありがたく頂きました。それが僕が食べたいままでで一番おいしいごはんの記憶です。

食べるというのはたんに「お腹を満たす」ということが重要なのではなく、「心が満たされる」ということが重要なのだと思うのです。それは良い食材を使っているから、とか技術に裏づけされているから、とかそういうものではないと思うのです。
 

僕たちが生きている今の世の中は食べるものに溢れています(溢れているように見えるともいえますが)。でも心まで満たされる食事というのはそのうちどれぐらいあるのでしょうか?そもそも心が満たされる食べものとはどんなものなのでしょうか?どんな豪華な食事でも救えない命が、たった一個のおむすびで救えることだってあると思うんです。
 
そんななか、妻が子どもの貧困に関心をもち、大阪子どもの貧困アクションという団体の食べられない子どもたちに無償で食事を提供するCPAO食堂という活動を教えてくれました。団代の代表の方は社会のはざまで苦しむお母さんたちにキメの細かいケアを行いながら、多忙な日々のなかで日々の食事を満足に食べられない子どもたちのために食事を作り続けています。そのことの果たす意味は計り知れないように思います。八百屋としてそこに野菜を継続的に届けていきたい。

食べることの意味、食べられることの喜び、心も身体も満たされる食事とはなんだろうか、そういうことを食べる人も、育てる人も、届ける人も、町の人も、村の人も、山の人も、海の人も、さまざまな人たちが共有しながら具体的な活動につなげていくための機会として「かまどdeごはん」があるような気がしています。
 
 
さて本当に長くなりましたが今日の様子です!
 
あまりの晴天に気温がぐんぐんあがり、途中は熱中症の危険を感じるぐらい暑い一日になりました。かまどの前はさらに暑く、噴出した汗が止まりません!!
 
それでもかまどでごはんを炊きます。なぜか。いくつか理由があります。
 
一つ目はもちろん美味しい!

かまどと薪、鉄釜で炊いたご飯はとにかく美味しいです。
 
二つ目はとても楽しい!
 
暑くてもかまどでごはんを炊いたり、野菜を蒸したりするのは楽しいです。
何度やってもワクワク感があるし、出来たときの感動もあります。
 
そして三つ目、それはいざという時にもなんとかなる!できる!です。
電気機器やメモリに頼っていてはいざというときに動けなくなってしまいます。でももっともプリミティブな方法を知っていればいざというときにその知識や技術が生きてくると思います。これは旅の経験や東日本大震災からの教訓です。
 
だから暑くてもかまどでごはんを炊きます(笑)
今日炊いたお米はありがとんぼ農園さんの自然栽培ササニシキ。
 

もちろん、お米自体のおいしさは言うまでもないのですが、鉄の羽釜で炊いたごはんはそれにしても美味しい!!炊いたあとのお米の輪郭がはっきりとしていて、お米の持つ甘みや香りがはっきりわかります。羽釜というのは先人たちの素晴らしい智慧と経験の結晶だとつくづく思います。
 
同時進行で大きなセイロを使っていまが旬の野菜を蒸していきます。
今日はこのあと畑を訪れるけせら畑さんがさっき収穫してくれた黄色いズッキーニやモロッコインゲンがたっぷりと入りました!農家さんを前にしてその方が育てた野菜を食べるというのはやはり何かが違います。
 
毎回野菜の内容や見た目が変わるのも楽しみの一つ。今回はなんかゴーカイな蒸し野菜でした(笑)
 
食べた後はこの取り組みの主旨でもある「食べる」を見つめる時間をとりました。
 
年代も、職業も、この取り組みに参加したキッカケや動機もバラバラの参加者のみなさん。話のキッカケは子どもの貧困というところからはじまりましたが、それは今の社会の持つ問題の一面であるけれども問題の本質はもっと深いところにあるのではないか、という展開になりました。
 
 その一つが流れやつながりを分断されすぎていることが根底にあるような気がするという話がでました。それは町と村でもそうだし、畑と食卓でも同じようなことがいえると思います。
 
参加者の方に尼崎で子ども食堂を立ち上げた方がおられました。その人たちは最初は子どもたちを対象として考えていたのですが、フタをあけてみるとおじいちゃんおばあちゃんのグループから団体の申込があったそうです。あわてて主旨を説明しに走ったそうですが、結果的にそのおじいちゃんおばあちゃんたちが参加してくれたことで、世代を超えた交流の場が生まれ、とても良い会になったと言っていました。

そういう交流があまりないという現状も分断された社会の一面なのかもしれません。ハプニングから生まれたその結果にこれからのヒントが含まれているような気がしました
 
けせらの松岡くんは「こうやって一つの場に町からも里からもいろいろな人が集って話をできるということ、お互いの考えを共有できること自体がとても素晴らしいことだと思う」と言っていました。
 
松岡くんは自然農で少量多品種の野菜を育てています。ただ他の農家さんと違うのは畑を通して暮らしのつながりを取り戻すことに重きを置いている、ということでしょうか。綿の種を蒔いて綿をとり、紡いで糸に、そしてその糸を布にして、最後はガマ口の財布を作る、というような取り組みをしています。
 
それも分断されてしまったつながりを取り戻す行為の一つです。話がある程度落ち着いたところで、その実践の場であるけせら畑へみんなで向かいました。
 
 
畑に着くころには肌で感じる風が心地よい気温になっていました。

 
今日のけせら畑の開放日は、農作業らしいことはなにひとつしませんでした。みんなでしたのは畑や土やそこに生きる生き物の営みや動きを感じてみるという作業。
 
 
人が起こした小さなアクションがどういう風に畑の土や水の流れや風の動きに影響を与えるのか。このあたりのことを言葉で説明するのはとても難しいと思うのですが、実際に松岡くんの畑に立って見ると以外にすんなりと入っていくことができます。参加者のみなさんもそれほどの戸惑いもなく、とても自然にそれぞれが畑と向き合うという時間を楽しんでいました。

 
土を掘るのを楽しむ人、野草を集める人、風の草刈を教わる人、かえるやミミズを捕まえて喜ぶこどもたちなどなど。そのなかでも多数の人が夢中になっていたのが「種拾い」です。松岡くんは種を採るという循環を大切にしているので、自家採種に力を入れています。
 

このえんどうも自家採種している種のひとつ。畑には採りきれなかった種がたくさん落ちていました。写真の種などは綺麗に並んで落ちていました。それらを拾い集めてみるとかなりの量になりました。みなさんそれを家に帰って蒔いてみるそうです。うまく育つとよいですね!
 
最後は今日一日を振り返って一言ずつ感想をいただきました。みなさんそれぞれ自分のフィールドに照らしながら今日得られたものを話してくれてとても嬉しかったです。
 
そのなかで今日という一日がとても非日常的だった、という感想がありました。でも考えてみれば日常と非日常は紙一重です。今日日常だと思っていたことが明日には非日常になっている可能性だって十分あります。だから常に心と身体をほぐしながらいろいろな状況に対応できる幅の広い視野を持つことが大切なのかもしれませんね。
 
そしてその間にある壁が取り除かれて暮らしの一部になったときに、とても良い流れや循環が生まれてくるように思います。そのためにもオガクロが八百屋としてできることがまだまだたくさんあるなと感じた一日でした。
 
参加してくださったみなさんありがとうございました!

オーガニッククロッシング 出口





2015年6月29日月曜日

「かまどdeごはん」食べるを見つめる日

「かまどdeごはん」 食べるを見つめる日


6月27日(土)に第一回目の「かまどdeごはん」食べるを見つめる日、を開催しました。

薪と鉄釜を使い、かまどでごはんを炊いて、オガクロがお世話になっている農家さんたちが育ててくれた野菜も一緒に、みんなで楽しく美味しくいただく、というとてもシンプルな取り組みです。

でも、とてもシンプルな「食べる」ということの向こう側に広がる世界は意外と複雑です。
身近に食べるものが溢れている(ように感じる)この時代に本当の意味で「食べる」ことの意味が変わってきているように思います。

コンビ二やス-パーなどで調理されたできあがった食べ物が大量に販売されている一方で食べている以上に食べるものを捨てている一方で、食べることができずに亡くなってしまう人がいるのはどういうことなんだろう?などの食の向こう側も含めて「食べる」ということの原点に立ち返ってみてみんなで一緒に考えてみようという取り組みです。

そしてオガクロが野菜をお届けしている、食べることのできない子どもたちに大阪子どもの貧困アクションが主催している「CPAO食堂」のことも知ってほしい・・・。

じゃあどこから考えていこうか・・・そうだ!薪でごはんを炊くことからはじめてみよう!
そこから何か見えてくるんじゃないか?ということで「かまどdeごはん」につながっていきました。

 
 まずはごはんを炊くための薪の準備。
山に薪を集めに行くところまではいきませんが、ホゾ組で家を建てている大工さんからいただいた建築の端材を薪にしてかまどでこはんを炊きます。うちの子も重たい斧でかなりの量の薪を割ってくれました。でもちょっとあぶなっかしい・・・。
 
ちゃんとした大工さんの材はしっかり乾燥しているので燃えやすいし、防腐剤などを使っていないので異臭もしません。これが新建材や合板などだと燃やしたときに異臭がして目やのど、鼻などが痛くなります。
 
ここもひとつお話したのは、昔ながらの家は分解してすべて家で燃やすことができるんですよね。でもいまの家は接着剤や合板、プラスティック素材などを多用しているので家で燃やすと大変なことになります。そのためにそういう素材はどこかで燃やされたり、どこかに埋め立てられたりしているわけです。
 
新しい素材はとても便利ですが、そういう側面があることを意識しながら日々暮らすことも大事かなとおもいます。
 
話がそれたように感じますが「薪でごはんを炊いて食べる」ということをだけでそういうことまで感覚を広げることができるんだと思います。毎日薪でごはんを炊くかというとそうではありませんが、知っているか知っていないか、というのはとても大きな違いだと思います。
 
 
 いつもイベントで使っているわろうだのかまど。左は大鍋用、右はごはん用。本格的なものではなく、単にレンガを積み上げただけのものです。
 
薪でごはんを炊く、と聞くと身構えてしまうかもしれませんが、鍋とかまどさえあればどんな形でも炊くことができます。もちろんこのようにレンガを積み上げてもよいし、ブロックが三つあればかまどになります。それもなければ土を掘ってその上に鍋をのせても良いし、石を積み上げてつくってももちろんダイジョウブ。要は薪を入れるスペースと鍋があれば炊けるわけです。なんとかなる!という感覚が大事で、これがないとできないってことはないんですねー。
 
この感覚は災害のときなどにきっと役に立つはず。なので大人だけでなく、子どもたちには特に知っておいてほしいなーと思います。僕も旅のときにとても役に立ちました。
 
 
ごはんはわりがとんぼ農園のササニシキを使いました。
ササニシキは古くから栽培されている品種で、コシヒカリのようなモチモチ感やネバリなどはありませんが、さっぱりとした甘さとしっかりした歯ごたえのあるおいしいお米です。僕はコシヒカリは甘すぎるなーと思うので、ササニシキがおいしく感じます。
 
玄米だと炊きにくいのでその日の朝に精米して浸水しています。
お米を炊くポイントは「お米は乾物」であるということをしっかり意識すること。乾物だから豆と同じように水で戻す必要があるんですね。この浸水を怠るとおいしいごはんが炊けません。
 
水を入れるのもメジャーなどは使わずに手を入れて自分の感覚で覚えておきます。1回覚えてしまえばメジャーで計らなくても上手に炊くことができます。なのでお米が何合か分からなくても炊けてしまいます。



 今回はいま八百屋に並んでいる野菜をたっぷりつかって蒸し野菜をしました!上に乗っているのはイチジクの葉っぱ。野菜にすこーし果物の風味が移って、これはこれで美味しい。

ごはんとおかずが出来上がるころには、大人も子どももお腹グーグー・・・。いただきまーすの合図と同時にすごい勢いで食べてしまいました(笑)それにしてもみんなで作ってみんなでいただくごはんはやっぱり美味しい!

ごはんは1人1合のつもりで炊きましたが、まったくたりませんでした・・・。ということは1人1合半~2合ぐらい炊くことになりますね。みなさんいつもの倍ぐらいのごはんを食べているんじゃないかな?かまどで炊いたごはんの魅力ですね!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 食べ終わったあとはこどもたちはそれぞれ遊び、大人はこの日ドネーションを募っていたCPAO食堂のことや、子どもの貧困のことを中心に話合いました。子どもの貧困をはじめ、虐待やネグレクトなども含め、いまの時代におきている問題はいまつくられたものではなく、もっとずっと根が深く、世代をまたいで生まれてきた問題なのではないか、大人がこどもに介入しすぎて自立して生きていく力や経験が不足しているのではないか、など幅広い意見が聞かれました。

そしてそういう問題の根っこは同じようなところにあって、バラバラに見えてすべて共通しているのではないか、という具合に話が進みました。そしてそういう問題を解決するためにも「食べること」「食べられること」はとても重要なのではないか、だからやっぱり、みんなで美味しい食事を囲もう!と分かったような分からないような結論に達しました。

でも、こういう問題はすぐに解決できるようなものでないので、できるだけみんなで考えていく機会を持つことも重要だと感じました。「かまどdeごはん」はできるだけ継続的に開催していきたいと思いますので、よければ気軽にご参加ください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回の「かまどdeごはん」のCPAO食堂へのドネーションは合計で3863円集まりました。

この金額があればこの日みなさんでいただいたぐらいの食材をCPAO食堂に届けることができます。この日みんなで楽しく囲んだ食事が、こんどはCPAO食堂で生まれたらいいなと思っています!ありがとうございました。

CPAO食堂の詳しい情報はこちらのホームページからご覧下さい。

今後、かまどdeごはんのドネーションは子どもの食を見つめて活動している団体などへ野菜を届ける費用にあてさせていただこうと思います。また、以前より積み立ててきているどんこまつりやオーガニッククロッシングの野菜を届ける活動への寄付金も今回のドネーションと合算させていただく形で、野菜を届ける活動を継続していきたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、かまどdeごはんのあと、希望者はかまどdeごはんにも参加してくれていた能勢のけせら畑の畑の開放日に向かいました。これがまたとても素晴らしいものでした!!

下の「けせら畑の開放日」の記事に続きます↓ ↓ ↓